昭和38年01月30日 衆議院 予算委員会

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日本社会党(社会民主党) 木原津與志
まず過去にその最大のものを一つだけ指摘いたしてみますと、これは池田さんの内閣のときにやったことではございませんが、あの昭和32年の12月31日、日韓の合意書をつくられたときに、それまで日本が韓国に対して主張してきておった日本の在韓財産の請求権を、アメリカの覚書通りに放棄してしまった。その放棄するにあたりましての合意書を見てみますと、日本は財産請求権を放棄する、そして韓国は抑留しておる日本漁民100数十人を釈放するということが、当時の32年12月31日の日韓合意書の中に書いてある。日本人が持っておる韓国に対する財産請求権を放棄して、これを犠牲にして、そうして李ラインで不当に抑留された漁民を釈放してもらう、平たく言えば、漁民を返してくれ、そのかわり日本は韓国に対する財産請求権を放棄します、こういうことを合意書でつくっておる。私は、これはもう最大の韓国に対する屈服だと思う。

その当時の、韓国に請求することのできる日本の財産請求権の金額がどれくらいあったかというようなことについては、あとでまた詳細に御説明をお聞きしますが、現在在外財産補償の請求をしておる人たちの話によれば、あれによって犠牲を受けた日本人の引揚者は30万人、1兆2000億の財産請求権を漁民の返還と引きかえに放棄してしまったということさえ言っておる。私は、これが日韓交渉における第1の屈辱的な合意だろうと思う。

第2の合意は、今回の日韓請求権の合意の問題で、請求権の解消にかえて、さらに日本で韓国の財産請求権を認めて、3億ドルの無償供与及び2億ドルの有償供与、いずれも10カ年を提供することによって、請求権の合意をしたのだ、こういうことを昨日勝間田委員の質問にはっきりお答えになった。私は、この請求権の問題を韓国の経済援助ということに切りかえて、これほどたくさんの金員を、有償・無償の金を出して合意をされたということ、これが第2番目の屈辱的な条約の締結だ、こういうふうに考えるのであります。



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日本社会党(社会民主党) 木原津與志
大臣が長々と私に説教されましたが、その説教の趣旨は、要するに、今度の協定の5億ドルというのは、経済援助という名の賠償だ、名前は経済援助だけれども、実際は賠償だと思うて、国民もあきらめてくれと言わんばかりの泣き言ではありませんか。

それならば、国民は、すでに不当に国際法に違反して、朝鮮在住30万の当時の在韓日本人が、終戦後私有財産にして1兆2000億といわれておるこの点について大蔵大臣からまた資料をいただきますが、関係者に言わせれば、10万人の個人財産1兆2000億という財産を、当時アメリカの軍司令官の軍令33号によって没収されてしまった。その没収された上に――これは没収か接収か知りませんが、この点についてもあとで外務省の見解をただしますが、それを1947年に、一方的に不法に国際法に違反して、アメリカが日本人の財産を接収して、そしてそれを米韓協定によって韓国にそっくりそのままただでやっておるのです。

そうして先ほども言いましたように、韓国政府に対する財産請求権を、李ラインによって抑留された気の毒な抑留漁民を釈放してもらうそのカタに、岸内閣が当時放棄してしまった、もう取れなくなったというようないきさつがある。